脱サラに期待すること January 16, 2006
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ふと「脱サラ」というのは妙な言葉だと思った。自分でも脱サラしたいなぁと日々思うが、代わりにやりたいことが完全に明確なわけではない。

よく考えると「サラリーマンをやめる」ということしか言っていない。そのわりには「脱サラが夢なんです」という言い方はそれなりに成立してる気がするし、一部自分にも当てはまる。 さらに良く考えてみると、脱サラというのはWhat(事業内容)ではなくHow(働き方)に関する希望だという気がしてきた。 脱サラに期待することを並べて検証してみる。

  • 自分のペースで働く
  • 通勤から解放される
  • 成果に応じて収入を得る
  • 他人に指示されない
  • 自分の頭で考える

おそらく一般的にもこんな感じだろう。要するに自分も含めて脱サラに期待している人は、自由を求めている。”脱”という言葉は反動なので、「サラリーマンとは奴隷、社畜である」という見方を反映している。 サラリーマン生活に対する考え方は立場や境遇によって人それぞれだから、「脱サラなんて」と思う人はサラリーマンをもっとポジティブに捉えているだろう。

僕自身が脱サラに魅力を感じているのは、新たなワークスタイルが本当に必要だと思っているから。知識を金に変えるプロセスの重要性が増すにつれて、時間の使い方とスキルアップが大きなカギになってくると考えている。 従来的な働き方から抜け出せない人と、クリエイティブなプロセスに合わせた働き方を続けている人では、ときが経つにつれてどんどん収益力に差が出て来るという危機感がある。 端的に言えば、満員電車につぶされている時間をやめて、世の中の流れや自分の生産性についてもっと深く考えなければ生き残れないと思う。

やりたいことが明確でないのに脱サラを考えるというのは一見リスキーだ。たしかに事業プランがなければ資金の借り入れなどは全くできない。 しかし、金銭的なリスクというのは投資や借り入れをしなければ実は何も発生しない。週末起業のような形でリスクを最小化したうえで、まずは自分のできる事業をやってみるということが今後ますます重要になると思った。

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